そぉいメモ@カクトラ

七つの海越えて 御霊求めて 今宵二つの星重なり ソラに煌めく

2017/05/07 恋ヶ崎みやび 「30秒で支度可能な振袖を発案した方にはノーベル賞を授与してあげて欲しい」

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お題【好みの服】 恋ヶ崎みやび編

コイガサキの番のようだ。
どうも界隈ではうちは和服が皮だと思っている輩が多いようなので、ここは一つ「うちはホントはドピンクフリフリのロリータファッション大好きでーすっ♪」などとネタを噛まそうかと本気で悩んだが、一生消えることの無い深い心の傷を負い更には定期的に発作を起こして暴れることになりそう故、今後の人生を棒に振らない為にも真面目にやろうという結論に達した。

まあ諸氏が想い描くとおり和服である。
まごう事なき和服。これで満足か。

まあここで1つ、うちと和服における矛盾点を他人につっこまれる前に自己指摘しておこうと思う。コイガサキは面倒くさがりである。和服は着るのが面倒くさい。では何故和服を毎日着ることができるのか。結論はこの例えによって証明されるであろう。人は喰わねばならぬ。喰うには料理をせねばならぬ。料理なんぞ毎日30分から長いときは2時間はかかる。遙か昔には原料調達からスタートする壮大な冒険であった。しかも食すのは一瞬。それを毎日続けるのだ。実に面倒である。もちろん買って済ますこともできる。が、大抵の家庭では自分で作る。それはなぜか。理由は様々であると思うが、根源的な理由としては生きる為に必要だからやる。

コイガサキにおける和服も同じなのだ。すなわち、コイガサキがコイガサキとして死すことがないようにするためには、定期的な和服の摂取がひつようなのである。勿論毎日和服ではない。授業には制服を着ていき、週末もダボTで過ごすし、風呂上がりは何も着ない。が、週に最低3日は和服を着ないとコイガサキというアイデンティティは死を迎える。生きる為には必要なことなのである。だがしかし、食がそうであるように、そのような宿命にあっても楽しむことは必須。よってうちは、自らの好みの和服を着る。それは例えばミニであったり、また例えば和洋折衷であったりである。時には大正浪漫もまた良し。

とはいうものの、和服がTシャツと同じ時間で着替えられたら…と毎フレーム(23.976fps)思っている。今のスピード感では30秒での支度は難しく、故に空賊のメンバーに加わる事すらままならぬ故。

と、服の好みの話ではなくなってしまったが、人間の根源的な命題に迫ることが出来たので良しとしよう。